交通事故の被害者が事故を原因として、一定の利益を受けた時、損害からその利益を控除するのが損益相殺の制度です。加害者から治療費等の損害賠償金の一部として支払われた場合、本来の債務の弁済ですから損益相殺とは関係ありません。問題は、香典といった損害賠償債務ではないものを加害者が支払った場合です。一般的には、香典は、加害者と被害者の関係を考慮しても明らかに高額である場合を除き、損害額からの控除は行わないとされています。
1 控除を認めた例 大阪地裁平成6年8月26日判決(交民27巻6号1907頁)
大阪地裁平成6年8月26日判決は、普通乗用自動車同士が出会い頭に衝突したのち、その内一台が暴走し、付近を自転車に乗って進行中の被害者に衝突して死亡させた交通事故の事案です。上記大阪地裁判決は、加害者の態度が非礼として、香典の受領を一旦は拒否したが、加害者の強い要請で止むなく100万円の香典を受領し、全額福祉協議会等に寄付したことが認められるが、受領した以上、寄付等で全く利益を得ていないことは斟酌の対象とはならず、香典としての相当性を超える70万円については交通事故の損害の内払い金として損害に填補されるべきであるとしました。
2 控除を認めなかった例 大阪地裁平成5年2月22日判決(交民26巻1号233頁)
大阪地裁平成5年2月22日判決は、スクールゾーン内の路上を進行中、反対車線に駐車中の車の背後から交通事故当時2歳の被害者が直前を横断しようとしたためこれに衝突し、被害者を死亡させた事案です。上記大阪地裁判決は、香典については、その金額30万円などからしても、社会儀礼上、関係者の被害感情をいささかでも軽減するために支払われたものと解され、交通事故の損害を填補する性質を有するとはいいがたく、損害から控除することはできないとしました。 (弁護士中村友彦)