交通事故にあって負傷し、鼻が欠けたりするなどして、嗅覚がなくなった場合には、自賠責後遺障害等級では、「鼻を欠損し、その機能に著しい障害を残すもの」として、後遺障害等級9級5号に認定される可能性があります。しかし、自賠責後遺障害等級9級5号に該当しないような場合でも、嗅覚がなくなっていたり、弱くなっている場合には、相当等級として後遺障害に認定される可能性があります。
1 嗅覚障害の自賠責後遺障害一覧
交通事故後嗅覚に異常が出た場合に、自賠責保険の後遺障害が認定される可能性があるのは以下のようなものです。
後遺障害等級 |
内容 |
後遺障害9級5号 |
鼻を欠損し、嗅覚脱失したもの |
後遺障害12級相当 |
嗅覚脱失したもの |
後遺障害14級相当 |
嗅覚減退したもの |
2 鼻の欠損
鼻の欠損とは、交通事故で鼻軟骨部の全部又は大部分の欠損した場合をいいます。
3 嗅覚の脱失
T&Tオルファクトメーターによって検査を行い、認知平均臭力損失値が5.6以上の場合です。
(1)T&Tオルファクトメーター
嗅覚の検査のために一般的に使用されている検査キットです。嗅覚障害の程度や治療効果の判定など、医療現場で用いられています。5種類のにおい(花のにおい、腐敗臭、果実臭、糞臭、甘いにおい等)が、それぞれ7~8段階の濃度に分かれており、これらを順番に濾紙にしみ込ませて鼻に近づけて嗅ぎます。そして、どの濃度でにおいを感じたかを調べることで、嗅覚障害の程度がわかります。
(2)他の検査の場合
アリナミン静脈注射による静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト)でも検査は可能性です(但し、アリナミンFを使用した場合を除きます)。静脈性嗅覚検査は、アリナミンなどの強いにおいの物質を注射し、においが起こってから感じなくなるまでの時間を測定し、嗅覚障害の程度を判定します。
4 嗅覚の減退
T&Tオルファクトメーターによって検査を行い、認知平均臭力損失値が2.6以上5.5以下の場合です。
5 嗅覚障害に関する裁判例
嗅覚の後遺障害については、労働能力に直接影響を与えるものではないとして争われ、裁判例でも自賠責の基準とは異なる労働能力喪失率を認定することがあります。
(1)大阪地裁平成9年8月28日判決(交民30巻4号1215頁)
大阪地裁平成9年8月28日判決は、交通事故により嗅覚脱失になり、神経症状に準じるものとして後遺障害12級相当や、目眩、頭痛、背中や肩の凝り、手足の痺れの症状が残存し後遺障害14級10号(現在の9号)が認められた事案です。上記大阪地裁は、後遺障害により塗装会社に勤務していた被害者が嗅覚がなくなって溶剤の区別ができなくなった等の事情を考慮し、原告の嗅覚障害が原告の労働能力に少なからず影響を及ぼしていることは明らかであるとしました。
結論として、神経症状があることも考慮して、自賠責の基準と同様に14%の労働能力喪失率を認めました。
(2)東京地裁平成11年5月25日判決(交民32巻3号804頁)
東京地裁平成11年5月25日判決の事案は、交通事故の負傷によって、嗅覚脱失で後遺障害12級相当及び外貌醜状で後遺障害14級11号の併合12級が認定された事案です。上記東京地裁判決は、「嗅覚の職業生活上の役割は視覚・聴覚とはおのずと異なり、嗅覚の脱失それ自体が逸失利益すなわち労働能力の喪失に一般的に結びつくものであることまで認めることはできない。嗅覚の脱失による労働能力の喪失を認めるためには被害者の職業との関連性が必要とされるものと考える」としたうえで、哲学の教師の活動に嗅覚脱失は具体的な影響があるとは認定できないとして後遺障害逸失利益を否定しました。
但し、嗅覚を全脱失することにより受ける生活上の種々の不利益・影響、本件において逸失利益が認められないこと等を考慮して、後遺障害慰謝料600万円を認めました。(弁護士中村友彦)